2018年アマチュアスポーツ界ではパワハラ問題が続出した。日本大学アメリカンフットボール部を皮切りに、大学駅伝、ボクシングレスリング、重量挙げなどで指導者らによる暴力やさまざまなハラスメントが明るみに出て世間をにぎわせた。

 2020年東京オリンピックでもメダルが期待される体操界においても、パワハラや暴力がクローズアップされた。宮川紗江選手に速見佑斗コーチが暴力を振るっているとして、速見コーチに処分が下されたことを発端に、体操界の歪んだ体質が浮き彫りになったのだ。

 宮川選手が8月、速見コーチの処分軽減を訴えるとともに、日本体操協会の塚原千恵子・女子強化本部長と夫の塚原光男副会長パワハラを告発した。これを受けて協会は第三者委員会を立ち上げて調査し、12月10日に報告を受けて臨時理事会を開催。「パワハラを認定できなかった」として、職務一時停止をしていた塚原夫妻の処分を解除した。

 これにより一連のパワハラ騒動は形式上、終わりを迎えたかに見える。だが、果たして第三者委員会の調査が公平なものだったのか、と疑問を持つ関係者も多い。

「第三者委員会の聴取が、非常に偏っていたことは間違いありません。事実、本来聞くべき関係者に聴取していないのです。聴取を受けたという25人は、いわゆる“塚原派”が大半です。そもそも、聴取されたのは13人だけという話もあります。なぜパワハラ認定をされなかったのか。理由はシンプルで、塚原夫妻が『パワハラ認定したら協会を訴える』と、豊田国際体操(12月8~9日)開催中に脅しをかけたことでしょう。協会としても、叩けば自分たちからもホコリが出るので、塚原夫妻側につくことで収拾することを選択したのです。つまり、最初から“出来レース”で、塚原夫妻の思う通りに事が運んだということです」(体操協会関係者)

 この発言同様に、結果は最初から決まっていたと指摘する声は複数ある。別の体操関係者も、こう語る。

「塚原夫妻がやっていることは、ほかの競技なら完全にアウトパワハラだと思いますが、体操協会の閉鎖的な体質もあり、うやむやなまま認定を先延ばしにした面もあります。一番恐ろしいのは、塚原夫妻が、自分たちがパワハラや悪いことをしているという感覚がなく、完全に無実だと思いこんでいる点です。いまだに塚原夫妻を恐れている関係者は多くいます。どんなかたちとなるにせよ、今後も塚原夫妻は体操にかかわり続けると思われるので、報復を恐れる声が上がっています」

 そもそも、第三者委員会が“塚原派”で固められていたと指摘する声が少なくない。たとえば、第三者委員会委員長の岩井重一弁護士は、朝日生命保険関連企業の顧問弁護士を務めている。また、同委員の松田純一弁護士事務所は朝日生命ビルに入っている。朝日生命は塚原夫妻が経営する朝日生命体操クラブの運営母体であるため、関係性が深いといわれているのだ。

パワハラ悪化を恐れる関係者も

 パワハラ騒動の渦中、旗色が悪くなった塚原夫妻にとって起死回生の一手となったのが、速見コーチの宮川選手への体罰動画だった。

「あの動画が出たことで、世間の見方が一気に変わりました。塚原夫妻のパワハラの有無ではなく、速水コーチに目が注がれるようになりました。動画が見つかったきっかけは、塚原夫妻が、昵懇のフジテレビ記者に指示を与え、徹底的に探させたことです。シナリオを書いているのは塚原夫妻側の弁護士といわれていますが、夫妻は『テレビマスコミを自分たちの意のままに操れる』と豪語していました。実際に、『あんたの番組は、私たちに批判的だからインタビューは撮らせない』ということを平気で言い、テレビ局マスコミと交渉していました。世論が自分たち叩きに向かわないようにマスコミコントロールしつつ、反撃の機会をうかがっていたんです。だからこそ、今の結果は、まさに塚原夫妻が描いた通りに事が運んだといえるでしょう」(体操関係者)

 さらに驚愕すべきことに、体操協会は、塚原夫妻に対して反旗を翻した関係者たちを排除しようとしたのだ。12月10日の臨時総会では、体操界の品位を著しく落とすという理由で、数名の指導者資格を剥奪するとの議題が上がったという。前出の協会関係者は、次のように語る。

「塚原夫妻を批判した関係者や証言者は徹底的に潰すつもりなのだと、痛感しました。やっぱりかと思う半面、自分にもいつ火の粉が降りかかるかわからないという恐怖を感じました。あの人たち、特に千恵子さんは、やられたことは絶対にやり返します。もともと協会内は、日本体育大学派閥と塚原派で分かれていましたが、一連の騒動で塚原派が勝ったことにより、大勢は決しました。千恵子さんは来年に協会から退く格好となりましたが、自分たちの派閥の人間を使い、今後も多大な影響を持ち続けることは間違いないでしょう。言うまでもなく、宮川選手の選手としての未来は厳しいものとなったといえます」

 関係者が恐れているのは、形式上は協会を退く塚原夫妻が、今後も裏で操るという実質的に“院政”が敷かれることだ。自分たちが表に出る必要がなくなったことで、一層パワハラが横行する恐れも拭えない。すでに審判部では、塚原夫妻の腹心たちが幅を利かせているという。

「一教師だった人物が審判部に入ったり、朝日生命寄りの審判員がいることは紛れもない事実です。朝日生命体操クラブの選手の点数が悪かった時は、腹心を使って露骨に抗議してくることもしばしば。ただ、それはここ数年のことではなく、ずっと昔から続いています。さらに今は、自分の息のかかった本部長を押し込もうとしている話も聞こえています。宮川選手しかり、私たち審判部にしてもしかりですが、パワハラを受けた側が訴えているのに、第三者委員会ではそれが認定されないというのは、おかしな現象です。そのため審判部でも、パワハラを感じているが、恐ろしくて声を挙げられないという人はたくさんいます」(審判部関係者)

 日本体操協会のHPによれば、パワハラの定義は以下のようになっている。

「同じ組織で競技をする者に対し、職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、指導の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与え、競技活動の環境を悪化させる行為。それは、単に一般的に不適切だけでなく、違法性を帯びたり、懲戒や懲罰の対象となり得るようなもの、通常、人が許容し得る範囲を著しく超えるものを言う。その概念を前提として認定する」

 宮川選手は、すでに速水コーチとの練習を再開しているが、ブランクを考慮すれば東京オリンピックへの門が狭くなったという見方が強い。ひとりの未来ある選手の訴えを、「精神的・肉体的苦痛を与え、競技活動の環境を悪化させる行為」に当たらないと判断した体操協会、第三者委員会の判断の是非は、あらためて問われるべきではないか。

 だが、協会側では会長をはじめ、一連の騒動による辞職者は出ておらず(退職する塚原千恵子氏は、定年退職扱い)、すでに過去のものとして風化する気配すらある。“アスリートファースト”の精神を忘れた体操協会は、一連の騒動の教訓を生かすことなく、旧態依然の体質のままあり続けるのだろうか。
(文=中村俊明/スポーツジャーナリスト

体操 女子日本代表 公開練習での塚原千恵子 強化本部長(写真:アフロ)


(出典 news.nicovideo.jp)


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