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    カテゴリ:武道・格闘技 > プロレス

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    膝負傷の天山広吉が退院報告「これからガッチリとリハビリを頑張る」
    膝負傷の天山広吉が退院報告「これからガッチリとリハビリを頑張る」
    膝を負傷し入院していた新日本プロレスの天山広吉(48)が15日、自身のツイッターで退院を報告した。 8日に手術を受けていた天山は「お陰様で、本日無事…
    (出典:格闘技(スポーツ報知))


    天山 広吉(てんざん ひろよし、1971年3月23日 - )は、日本の男性プロレスラー。京都府京都市出身。血液型O型。新日本プロレス所属。本名および旧リングネームは山本 広吉(やまもと ひろよし)。 京都市立北野中学校、京都府立山城高等学校卒業、学生時代はボディビルとバスケットボールに打ち込み、新
    63キロバイト (9,151 語) - 2019年3月24日 (日) 05:15



    天山、退院おめでとう!リハビリ頑張ってください

    【《プロレス》無事退院の天山「今からリハビリとの戦いだ」】の続きを読む


    (出典 contents.oricon.co.jp)

    オカダ・カズチカ5度目王者、日本プロレスの力示す - 日刊スポーツ
    オカダが聖地に金の雨を降らせた。メインで行われたIWGPヘビー級選手戦で、挑戦者オカダ・カズチカ(31)が王者ジェイ・ホワイト(26)に勝利。10カ月ぶり5度…
    (出典:日刊スポーツ)

    結婚おめでとうございます
    アニメの声で朝起こしたりするんですかねぇ

       


    1 シャチ ★ :2019/04/12(金) 12:24:07.85 ID:57UfpRTe9.net

     新日本プロレス所属のプロレスラー、オカダ・カズチカ(31)と人気声優の三森すずこ(32)が結婚したことを12日に発表した。

     オカダは自身のツイッターに「私事ですが以前よりお付き合いさせて頂いていた三森すずこさんと入籍したことをご報告させて頂きます」と報告。「レインメーカーとして“幸せの雨”を家庭に降らせることができるようお互いに協力し合いながら、プロレス界にも変わらずに”カネの雨”を降らせ続けていきます」と伴侶を得た喜びをつづった。

     一方、三森も「この度、新日本プロレスのオカダ・カズチカさんと入籍いたしましたことをご報告させていただきます」と発表。「人としてまだまだ未熟な私ですが、私の母のように、明るく楽しく温かく家族を支える女性になれるよう努めていきたいと思います」と新婚生活への意欲を語り「表現者・三森すずことしては、これからも変わらず精進し続け、さらなる高みを目指していきたいと思います」とつづった。

     三森は新日本プロレスの親会社「ブシロード」が運営する声優事務所に所属し、オカダとはイベントなどで交流、交際は17年8月ごろから始まった。三森は「ラブライブ!」などの人気作品に出演。「趣味はプロレス観戦」と公言していた。

     ◇オカダ・カズチカ 1987年11月8日、愛知県生まれ。2004年8月29日デビュー。12年2月に史上2番目の若さ(24歳)でIWGPヘビー級王座を戴冠した。身長1メートル91、体重107キロの恵まれた体型と50メートル走「5秒94」という驚異的な身体能力が魅力で、打点の高いドロップキックは「芸術の域に達している」と海外でも評判。試合に多くの観客を集めることから「レインメーカー(カネの雨を降らせる男)」と呼ばれる。得意技はツームストンパイルドライバー、レインメーカーなど。

     ◇三森すずこ(みもり・すずこ)6月28日、東京都生まれ。2010年に声優デビュー。同年から放送の「探偵オペラ ミルキィホームズ」シリーズ、12年からの「てーきゅう」シリーズ、13年からの「ラブライブ!」シリーズなどに出演。「ラブライブ!」の出演声優で結成したユニット「μ’s(ミューズ)」で2015年のNHK紅白歌合戦に出場するなど、歌手としても活躍。ユニット「ミルキィホームズ」やソロ歌手としても活動。趣味は料理、観劇、プロレス観戦。特技はダンス。血液型AB。



    4/12(金) 12:05配信 スポニチアネックス
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190412-00000129-spnannex-ent
    画像
    オカダ・カズチカ(左)と三森すずこ


    (出典 amd.c.yimg.jp)


    【《祝報》プロレスのオカダ、金の雨に幸せの雨で人気声優と結婚!】の続きを読む

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    山村 武寛(やまむら たけひろ、1995年5月28日 - )は、日本のプロレスラー。 小学校から高校まで野球をしていてプロ野球選手になることが夢だったがプロレスを見てから、その熱が逆転してプロレスラーを目指すようになった。 2015年9月11日、DRAGON GATEふれあいキューブ多目的ホール大会の対石田凱士戦でデビュー。
    3キロバイト (236 語) - 2019年4月3日 (水) 16:13




    【《悲報》プロレス 復帰したばかりの「山村武寛」にさらなる事故が起きた!】の続きを読む


    (出典 livedoor.blogimg.jp)

       

    高山 (たかやま よしひろ、1966年9月19日 - )は、日本のプロレスラー、総合格闘家、俳優。東海大学付属相模高等学校、東海大学文学部文明学科卒業。個人事務所「高山堂」に所属。マネジメントはハイタイド。 高校時代にはラグビー部に、大学時代はアメリカンフットボール部に所属していた。湘南でライ
    47キロバイト (6,332 語) - 2019年2月25日 (月) 09:08

    「もう一度リング立って」 高田延彦、頸髄完全損傷の“まな弟子”高山善廣を激励 Uインターの絆にファン涙腺崩壊 - ねとらぼ
    元プロレスラーでタレントの高田延彦(高ははしご高)さんが8月30日、試合中の事故で頸髄(けいずい)を損傷しリハビリを続けるプロレスラー・高山善廣さんのお見舞いに ...
    (出典:ねとらぼ)

       


    1 湛然 ★ :2019/03/21(木) 07:27:35.24 ID:JntUGwpT9.net

    2019年03月21日
    高山善廣:ドン・フライと17年ぶり対面

     プロレスラーの高山善廣選手が、2002年に総合格闘技イベント「PRIDE」で死闘を繰り広げた元総合格闘家のドン・フライさんと約17年ぶりに対面を果たしたことが21日、分かった。2人の対面の模様は22日午後8時54分から放送されるTBSの特別番組「今夜解禁! ザ・因縁」で、ライバル同士だからこそ通じ合う思い、「奇跡の復活劇」などが紹介されるという。

     高山選手は、17年5月に行われた試合で頸髄(けいずい)完全損傷の重傷を負い、首から下が動かない状態になってしまい、現在闘病生活を過ごしている。高山選手がメディアに登場するのは1年ぶりとなる。

     特番は、昔不義理をしてしまった相手、けんか別れした恋人、ふとしたすれ違いで会わなくなった親友など、過去に「因縁」を持つ芸能人がその因縁の相手と対面し、当時抱えていたわだかまりや不満、心の中では思っていたけど口に出して言えなかった言葉などを伝える姿を紹介する。


    17年ぶりに対面を果たした高山善廣選手(左)とドン・フライさん(C)TBS

    (出典 storage.mantan-web.jp)


    https://mantan-web.jp/article/20190320dog00m200066000c.html


    【《プロレス》試合中に負傷した「高山善廣選手」に”男と男の戦いを望む”戦友・師匠などが激励www】の続きを読む


    (出典 d17x1wu3749i2y.cloudfront.net)

       

    イトルを奪還され短命王者となるも、戴冠中はザ・クラッシャー、マイティ・イゴール・ボディック、ビル・ワットらの挑戦を退けている。 NWA圏ではストイヤーに戻り、ロサンゼルスでは1969年8月15日、後に日本でも幾多の好勝負を残すこととなるミル・マスカラスのNWAアメリカス・ヘビー級王座(かつ
    35キロバイト (4,189 語) - 2019年3月8日 (金) 16:21

    アントニオ猪木氏、ザ・デストロイヤーさんの訃報に沈痛「師匠の力道山先生も苦戦」 - SANSPO.COM
    ザ・デストロイヤーさんの訃報に、同時代を生きたプロレスラー、アントニオ猪木参院議員(76)も沈痛な表情を見せた。 8日、国会内で猪木さんは「私にとっては仲間と…
    (出典:SANSPO.COM)

    残念ですね・・ご冥福をお祈りいたします
       


    1 みつを ★ :2019/03/08(金) 07:58:02.84 ID:c/2LpRDV9.net

    https://this.kiji.is/476523446819980385

    「ザ・デストロイヤー」のベイヤーさん死去
    2019/3/8 07:53
    ©一般社団法人共同通信社

     【ニューヨーク共同】覆面レスラー「ザ・デストロイヤー」として日米で活躍したリチャード・ベイヤーさんが7日、米ニューヨーク州の自宅で死去した。88歳だった。米メディアが伝えた。


    【《訃報》覆面レスラーの「デストロイヤー」さん死去 アントニオ猪木が懐かしみを語る】の続きを読む


    (出典 image.itmedia.co.jp)


         

    天龍 源一郎(てんりゅう げんいちろう、1950年2月2日 - )は、日本のタレント、元プロレスラー、元大相撲力士。本名は嶋田 源一郎(しまだ げんいちろう)。福井県勝山市出身。身長189cm、体重120kg(力士時代は身長186cm、体重112kg)。所属事務所はMILLENNIUM PRO。業務提携エクセリング。
    93キロバイト (12,002 語) - 2019年2月25日 (月) 07:18


    恩人・馬場の死 全日からエース三沢ら大量離脱、元子夫人の電話に天龍の決断は? 恩人・馬場の死 全日からエース三沢ら大量離脱、元子夫人の電話に天龍の決断は?
    …「昭和のプロレス」を体現した人気レスラーで、65歳まで現役でリングに立ち続けた天龍源一郎氏の「仕事人秘録」。プロレス界に誘ってくれたジャイアント馬場の死去と一本の電話で、全日本プロレスへの復帰を決断し…
    (出典:経済総合(NIKKEI STYLE))

       1度は離れたものの、やはり恩師の元へ帰るのが男だと思います  


    【《秘話》元プロレスラー「天龍源一郎」が語る 新日本から全日本へ復帰した理由とは?】の続きを読む


    (出典 number.ismcdn.jp)


         

    浩二(金日宇)(かねもと こうじ、1966年10月31日 - )は、日本のプロレスラー。兵庫県神戸市長田区出身。 小学6年から柔道を経験し、大阪芸術大学芸術学部環境計画学科(2004年度より環境デザイン学科)を卒業。学生時代(大阪芸術大学 柔道部所属)よりプロレスラーに憧れて栗栖正伸トレーニ
    32キロバイト (4,581 語) - 2019年3月2日 (土) 00:30

    金本の直情的性格 取材でも「危険」と思わせる迫力 金本の直情的性格 取材でも「危険」と思わせる迫力
    …新日本プロレスの元IWGPジュニアヘビー級王者で3代目タイガーマスクとしても活躍した金本浩二(本名・金日宇)容疑者(52)が1日、暴行の疑いで兵庫県警…
    (出典:格闘技(日刊スポーツ))

         


    【《衝撃》ヒーローの3代目タイガーマスクが暴行容疑で逮捕される!いったい何が・・・】の続きを読む




     19日に両国国技館で開催された『ジャイアント馬場没20年追善興行〜王者の魂〜』には、8,800人(札止め)のファンが詰めかけた。数字だけ見れば新日本プロレスが単独で開催した方が上回るのだが、会場内を歩いていると、かつて全日本プロレスの会場で顔なじみだったファンから何人も声をかけられたのが印象的だった。

     話を聞くと、プロレスを生観戦するのは久しぶりだという。武藤敬司プロデュースしているプロレスリングマスターズは好評だが、マスターズの客層もほとんどが90年代プロレスファン。この日はさらに、70年代80年代ファンに加えて、現在のファンも数多く詰めかけていた。馬場さんの追善興行であり、全日本の同窓会の意味合いが強い大会だったことから、日本武道館での開催を望む声もあった。

     オープニングカード発表映像で流れたのはNTVスポーツテーマ。『全日本プロレス中継』のオープニングテーマであり、かつては馬場さんや、故・輪島大士さんも入場曲として使用していた。その直後に『炎のファイター』が流れアントニオ猪木氏が登場したのは、昔を知るファンや関係者からするとインパクトが強すぎた。あそこリングに上がらなかったのがまた猪木氏らしく、良かったと思う。

     アブドーラ・ザ・ブッチャーの引退セレモニーには、全日本、新日本でブッチャーと関わったメンバーがそろう中、元日本テレビの倉持隆夫アナウンサーも登場。倉持氏は1990年4月に全日本、新日本、そしてWWF(WWE)の3団体による夢の合同興行『日米レスリングサミット東京ドーム大会を最後に勇退。長らく『全日本プロレス中継』のチーフアナウンサーを務め、ザ・シーク(故人)に急襲されたこともあった。日本テレビ退社後はスペインに在住していると伝えられていたが、現在は帰国しているという。倉持氏の名前が呼び込まれた時の歓声の大きさから、この日のファン層が読み取れた。

     バックステージで倉持氏は、同じく『全日本プロレス中継』の実況を務めていた元日本テレビの松永二三男アナウンサーとともに、全日本のOBや外国人選手と旧交を深めていた。

     メインに出場した元WWEヨシタツが「最後のV(ビデオメッセージ)でジョニーエースと、リッキー・スティムボートと、リックフレアーが出てきて驚きました。あの3人っていうのは僕がすごく向こうでお世話になった3人。世界的なビッグネーム。あの人たちがあれだけ全日本プロレス馬場さんのことを言うってことは、やっぱり全日本プロレス馬場さんすごいんだなって」としみじみ。エース、スティムボート、フレアーも『全日本プロレス中継』で、日本での知名度を上げた選手である。

     オープニングマッチバトルロイヤルも新春の全日本らしかった。入場式があって乱闘劇まで見られたら…それは次の機会にとっておけばいい。ブッチャーのセレモニー後、ベテラン記者や関係者からは「いいセレモニーだった」という声が多く聞かれた。平成は4月で終わってしまうが、プロレスの醍醐味は“長く見続けること”。歴史を振り返る大会は元号が変わっても続けてもらいたい。

     なお、今大会はサムライTVで生中継されたが、日テレG+バージョン3月10日に放送される。こちらも注目だ。

    取材・文・写真 / どら増田

    ジャイアント馬場追善興行バトルロイヤル


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【NTVスポーツで『全日本プロレス中継』が蘇った両国国技館】の続きを読む


    (出典 www.tv-ranking.com)


         

    天山 広吉(てんざん ひろよし、1971年3月23日 - )は、日本の男性プロレスラー。京都府京都市出身。血液型O型。新日本プロレス所属。本名および旧リングネームは山本 広吉(やまもと ひろよし)。 京都市立北野中学校、京都府立山城高等学校卒業、学生時代はボディビルとバスケットボールに打ち込み、新
    62キロバイト (8,407 語) - 2019年1月25日 (金) 06:20

    天山広吉、飯塚の引退に涙…最後まで改心に至らず「二度とオレの前に姿表すな」 天山広吉、飯塚の引退に涙…最後まで改心に至らず「二度とオレの前に姿表すな」
    …→体固め)鈴木みのる、タイチ、飯塚高史●(21日、東京・後楽園ホール、観衆1726人札止め) 天山広吉(47)が飯塚高史(52)の引退に涙を流した。 …
    (出典:格闘技(スポーツ報知))

         


    【《衝撃》プロレス タッグマッチ戦で天山の目に涙・・・一体何が?最後まで届かなかった思い】の続きを読む


    (出典 www.joqr.co.jp)

    田上 (たうえ あきら、1961年5月8日 - )は、日本の実業家、元プロレスラー、元大相撲力士。身長192cm、体重100kg。大相撲力士 - プロレスラー時代は身長192cm、体重120kg。プロレスリング・ノアの運営会社ノア・グローバルエンタテインメントの元相談役。
    20キロバイト (2,869 語) - 2019年1月24日 (木) 11:35


     全日本プロレスが誇った四天王の一角、田上明も引退から5年がすぎた。昨春には胃がんにより胃の全摘手術を受けたが、経過はおおむね良好の様子。現在は茨城県つくば市で経営する『ステーキ居酒屋チャンプ』で、松永光弘直伝のステーキを焼いているという。
    ※ ※ ※

     四天王プロレスというときに、三冠王座を頂点とした個々の対戦を思い浮かべるファンは多いだろうが、一方でタッグマッチこそがその究極とする声もある。
    「とにかく大技を連発する内容なだけに、どうしてもシングル戦だと試合中に間が空いてしまう。なんなら30分近い試合時間のうち、10分ぐらいはどちらかの選手がリング上で倒れ込んでいると感じるほどで、タッグマッチなら片方の選手が大技を食らって“休憩”している間も、もう一方が戦いを続けることになる。そうやって休みなく戦いが続くという点から、タッグの方をより面白く感じるファンはいたでしょう」(プロレスライター)

     三沢光晴小橋建太組と川田利明&田上明組の頂上対決は、対戦回数がそこそこ多いため“この一戦”を選ぶのは難しいが、テレビ解説のジャイアント馬場が「言葉もありません」と絶句したほど、そのタッグ戦においてひときわ力を発揮したのが田上であった。
    「田上は1996年三冠王座獲得、チャンピオン・カーニバル優勝と個人でも結果を残した上、世界タッグ王座獲得、世界最強タッグ決定リーグ戦優勝というグランドスラムを達成したにもかかわらず、プロレス大賞MVPに選ばれなかった(MVPは小橋)。190センチ超の巨躯ゆえに四天王の中ではスピード感に劣り、人気面においても一歩引けを取っていたことは紛れもない事実です」(同)

     シングルプレーヤーとしてはかように印象度で劣ったものの、タッグではそうしたマイナス部分がカバーされると同時に、“田上火山”とも称された爆発力が一層際立つことにもなった。

     川田の激しい攻めと田上のダイナミックな力業という異なる個性のマッチングもよく、三沢や小橋がそれぞれパートナー秋山準ジョニーエースへと代えていったのに対して、川田&田上組は’93年の結成から’00年に田上がノアへ移籍するまで続くことになる。

     川田&田上組による世界タッグ王座の戴冠6回は歴代最多、世界最強タッグ決定リーグ戦でも同コンビで2度の優勝を果たしている(’99年は川田の負傷欠場により、田上はスタン・ハンセンとのコンビで出場して準優勝)。
    「とはいえ田上が特別に努力したわけではなく、たまたま持ち味がフィットしただけというのが面白いところ。仮にタッグエキスパートを目指していたなら、ノアでも誰か別のコンビで成功したでしょうが、そういうこともなかったですからね」(同)

    大相撲時代から有名な練習嫌い
     田上のプロレス人生には、とかく偶然が付きまとう。大相撲廃業後、当初は長州力率いるジャパンプロレスへの入門となったが、長州の新日本プロレス復帰に伴い分裂。田上は全日に引き取られる格好となった。

     そこで馬場に目をかけられ、抜擢を受けながらもしばらくパッとしない時期が続いたが、SWS移籍による大量離脱が発生。このとき谷津嘉章を失ったジャンボ鶴田から、タッグパートナーに指名される。

     しかし、なおもふがいない試合が続いたため、試合後に鶴田からビンタをかまされたこともあった。
    「それでも中堅以下に落とされることがなかったのは、選手の頭数が不足していたこともあるし、同時に超世代軍の三沢らがまだ力量不足であったことから、強すぎる鶴田の“ハンデ”として田上が起用されていたことは否めません」(同)

     その後、肝炎発症により鶴田が戦線離脱すると、思わぬかたちで田上が正規軍のトップに立つ。そこに“三沢超え”を宣言して超世代軍を離れた川田が加わり、正規軍ならぬ“聖鬼軍”なるユニット名が冠せられた。

     ファンからは明らかに三沢&小橋らが支持されており、田上&川田を正規軍と称することには、ファンのみならず団体関係者やマスコミにも違和感があったのだろう。
    「そもそも田上自身、上昇志向が希薄で大相撲時代から有名な練習嫌い。それでいながらなぜトップの座を維持できたのか。体格に恵まれていたとはいうものの、田上とほぼ同サイズで同期入団、大相撲でも同じく十両だった高木功と、これほどの差がついたのはやはり巡り合わせとしか言いようがありません」(同)

     欲望丸出しのギラついた選手が多い中、田上のような自然体のレスラーは、逆に貴重な存在であったと言えようか。

    田上明
    ***************************************
    PROFILE1961年5月8日生まれ、埼玉県秩父市出身。
    身長192㎝、体重120㎏。得意技/のど輪落とし、オレが田上。

    文・脇本深八(元スポーツ紙記者)



    (出典 news.nicovideo.jp)

       

       


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    【《プロレス》四天王寺の一角「田上明の人生とは・・」 つくば市でステーキ居酒屋やってます。】の続きを読む

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